4月末のモンゴル 広大な青空と果てなき荒原の記憶
地図を見ると遠い国ではないのに、モンゴル旅行を旅行したという話はあまり聞かない。
確かに有名観光地は少ないし、イメージするモンゴル料理なんてのも、皆無に近い。
実際のところ、行き先候補にも上がった事がない人が大半だと思う。
自分がそんなモンゴルを訪れた2019年のゴールデンウィークから、はや1年。
今年のGWは、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言のため、引きこもりの毎日だった。
どこか遠くに出かけたい、とやり切れない気持ちになるとともに、思い出すのはやはり去年のGWのこと。
2019年のそれは、平成から令和に変わる歴史的週間。
GW中に新天皇即位の祝日が制定され、世の中は10連休になった。
いつも2泊3日や3泊4日程度の連休では、心が急かされてしまい、海外旅行でも王道の候補しか浮かんでこないが、超巨大連休ともなれば、自分も候補選定の視野が広がった。
この連休を逃すと次訪れるのが難しい場所はどこかと、浮かび上がったのはモンゴル。
2019年はモンゴルに行こうと思い立った。
ウランバートル迄
GW前夜、仕事をそそくさと片付け空港に向かった。
まずは空港で夜を過ごし、朝一の便で韓国・仁川国際空港へ。
仁川空港で乗り換え手続きを行いモンゴル航空でウランバートルに降り立つ。
初めて見たウランバートルは、思っていたより都会だった。
モンゴルの気温は、同時期の日本より遥かに低い。
4月も終わりかけのこの時で、防寒着を1着手放せないくらい。
街並みは最先端ではなく、レトロ でもない。
なんともいえない街の雰囲気。
ロシアの地方の街に少し似ているかもしれない。
行ったことはないから、あくまでイメージだけども。
ウランバートルの街中では、全く馬は見かけなかった。
この時、日本旅行でニンジャとサムライを探す外国人の心情と、共鳴した気がした。
スフバートル広場にやってきた。
モンゴルの革命家の名を冠する、ウランバートル市の中心部の市民憩いの場で、いわば顔となる場所。
2013年に一度チンギス・ハーン広場に名称変更されたが、たった3年後の20161年に現名称のスフバートル広場に戻ったらしい。
広場の北には宮殿があり、チンギス・ハーンがこちらを見張るように堂々と鎮座している。
左の軍人との対比で、その巨大さが分かる。
ここはノミンデパート。
昔の国営デパートを民営企業のノミンが買収した、モンゴル国内最大のデパート。
国内最大とはいえど、大きさは地方のイオンにすら完敗か。
マックスバリュとイオンの間。そんなサイズ感だった。
観光情報では、必ずといっていいほどお土産購入のおすすめ店舗とされているが、品揃えはツアーで連れていかれる謎の道の駅に似た雰囲気。
モンゴル旅行では、一番お土産選びが困る。
結局、海外旅行では初めてお土産を買わなかった。
続いては、街の外れまで徒歩で足を伸ばしてみる。
ここはザイサン・トルゴイと呼ばれる丘。
スフバートル広場の約3km南にあり、1971年から戦勝記念碑が建てらている。
ソ連側戦勝碑のため、よく壁画を見ると、大日本帝国の旗がボコボコに踏まれていた。
ザイサン・トルゴイからはウランバートル市内が一望。
ちなみに、ウランバートルの人口は約135万人。
モンゴル全体の人口は約300万人であるから、およそ2分の1にあたる人々が首都に居住している。
モンゴル、まさに東京もボロ負けの一極集中ぶり。
再びスフバートル広場に戻ってきた。
目を引くのは、スフバートルの騎馬像と遠景の山並み。
やはりウランバートルは、思っていたよりだいぶ都会だ。
想像していたようなモンゴルの情景は、郊外に出なければならないらしい。
郊外へ
ということで翌日。
今日は、そんな想像通りの風景に会いに行く。
市内からガイドの車を走らせ、いざ荒野を目指して郊外へ向かう。
ウランバートル自体は都会だったが、ここモンゴルにはベッドタウン的な街が見当たらない。
都会からいきなり牧村地帯に入る感覚だった。
30分も走ると、一国の首都の面影もなく、徐々に荒原地帯が広がっていく。
うんうん、想像していた風景に近づいてきた。
路面の整備状況は酷く、至る所が穴ぼこだらけ。
荒れた直線道路に車体を大きく揺らしながら、年季の入った車が荒野へ進む。
走れば走るほど人口建造物が減っていき、1時間もすれば一面は見渡す限り土色になった。
果てしなく直線道路は続く。
味気のない直線道路上の変化といえば、道を横切る動物たちくらい。
それにしても、よく馬や羊が道路を渡っている。
横断中は、いつも手荒い運転の車たちも、そろって減速。
みんなで道路の横断を見守る光景は少し微笑ましい。
堂々と道を横切る馬もいれば、トラックに乗せられどこかへ運ばれていく馬も。
何かを訴えるような目で見てこないでほしい。
たまに目に入る村。
家の数からして、人口は100人ぐらいだろうか。
と同時に、あっというまに空の色がどす黒くなってきていることに気づく。
明らかに、今日の天気は下り坂。
やっとこさ車を走らせること3時間、ウランバートルから200キロ離れたトーラ川のほとりに着いた。
ここにあるのは、ゲルひとつのみ。
間違いなく今日の寝床である。俗にいうホームステイという形式か。
念のため、携帯を確認した。
もちろん電波はなかった。
ゲルと屋外とは、この薄い木の扉一枚で隔てられているだけ。
屋内は外から持ち込まれた砂がたくさん入ってきてしまい、地面は砂だらけである。
もちろんお風呂もシャワーもない。
トイレも、もちろんない。
滞在中は、人生久しぶりに屋外で開放的に用を足した。
テレビアンテナはあったが、テレビは写っていない。
何やらモンゴル語で書かれた画面から、全く変わらず。
ゲルに着くころには、辺りは灰色の世界になっていた。
天井には煙突を通す天窓があり、普通に雨が入ってくる。
見渡す限り、暖をとる手段は暖炉しかないが、極寒の冬は乗り切れるんだろうか。
あと、風通しも全くないが、はたして夏は暑くはないんだろうか。
料理をご馳走になった。
これは、恐らくノゴートイ・シュルという料理。あくまで説明はないので、「恐らく」。
モンゴル料理は野菜が少ないようだが、これは珍しくじゃがいもやにんじんなどが入ったスープ。
続いて羊肉のソーセージ。野生を丸ごと愛でているような味がした。
これは恐らくボーズ。
地球の歩き方によると蒸した肉餃子で、中国の包子に由来するようだ。
野生を餃子の皮で包んで、愛でるような味。
最後、これは乾燥させた羊の内蔵だったっけな。
そのまま食べるか、炙って食べる。
野生そのものの味がした。
今回の滞在は1泊のみ。
強風でごうごう鳴り響くゲルの床に毛布を敷いて包まり、明日こそは晴れることを願いながら一夜を明かした。
荒野にて
恐る恐るゲルの外に出てみると、なんと大快晴。
しかも、昨夜とはうってかわって今朝は無風である。
昨日の昼過ぎ以降は霧に包まれてどこにいるのかもよく分からなかったが、見違えて今日は遥か遠くの山々まで見渡せる。
もう5月に差し掛かるというのに、昨晩の荒れた天気によって、遠く見える山並みは薄っすらと雪を纏っていた。
周りには家畜の羊、馬、山羊、ペットの犬などが沢山。
明らかに、人よりも動物の数の方か多い。それも数十倍の数。
ああ、想像していたモンゴルに来たんだなあ、とこの日初めて思った。
やっぱり天気は重要だ。
いや、ただ本音を言うと青々とした草原を想像していたが、どうも緑の草が元気に映えそろうのはもう数か月後。
4月5月は思い描いていた風景から比べると、まだ時期的に早いようだった。
それでも、どこまでも広がる荒野と広い空は、見たかったモンゴルの景色そのもの。
無数に浮かぶ雲を眺めていると、目の感覚や遠近感がおかしくなってくる。
次にこんな場所に来られるのは何年後かなあと考えると、少し寂しい気持ちになった。
よく「日本は狭い」と言われるが、これを見るとなるほど確かに日本は狭い。
そしてモンゴルは広すぎる。
学校の校庭で、休み時間にドッジボールの場所取り奪取するのが馬鹿らしくなる広さ。
おそらく、隣家との境界線争いなんてのもないはず。
ここにいると、幾分気持ちが穏やかになる気がする。
土地の広さは、ある種心の豊かさに繋がっているような気がした。
時間を持て余すので、あたりを徒歩でふらふらと散策。
一番近くに見える丘に登ってみる。
向こうの丘の裾野に見える小さな点々は全て、見知らぬ誰かに放牧されている羊。
近くに人影がないので走って近寄ってみるが、すぐ逃げられる。
遠くに見える馬の群れも羊と同様見渡す限り飼い主が見当たらないのだが、家畜たちは自分たちでに住処に帰るのだろうか。
丘の上から見えた景色。
ここでぶっ倒れたら、どの病院に連れて行かれるんだろうか。
トーラ側の川岸にやってきた。
日本の川と違い、流れは非常に穏やか。大きな岩も木々もなく、まるで公園の砂場に川を作ったような見た目をしている。
川はやがて長い流れを経て北上し、ロシアのバイカル湖へ流入。他の川に吸収されながら、最終的には北極圏へ抜けていく。
思えば、空港に着いてからここまで、客引きを全く見ない海外旅行は初めてかもしれない。
海外にいながらも、「周りから観光客として狙われている」と身構えなくてすむ。
これも心地よさを感じる要因の一つかもしれない。
散歩していると、いたる所に目を惹く光景があった。
これは、山羊の骨か?
望遠レンズで羊の群れを確認する。
丘にいた羊とは別の大群。
ゲルへの帰り道。昨晩降り積もった山の雪は、半日のうちに溶けてしまった。
週末登山者としては、山脈の高さがどうしても気になってしまう。
そうこうしているうちに、2時間ほどの散歩は終了。
明日はウランバートル駅からシベリア鉄道に乗ってロシアに入国する。
明るいうちに、市内へ戻らないといけない。
名残惜しさを感じつつも、車でウランバートルに帰る。
一生訪れる事がないかもしれないと思って訪れたモンゴルの空気感。
日々の悩みを忘れてしまう壮大さで、大好きになった。
何かに悩んだ時、またいつかここに。