散切り頭を叩いてみれば

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山と旅行の見聞録

散切り頭を叩いてみれば

北海道の夏 神威岳から日高山脈の洗礼を

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2021年7月下旬、北海道の日本三百名山日高山脈にある神威岳に登ってきた。

日高山脈といえば登山道も不明瞭でヒグマとの遭遇も多く、屈指の難易度を誇る山域だと聞いていた。

一方で、自分は大した技術など持ち合わせていないが、それでも一度はこの山域を登ってみたいという憧れもずっとあった。

 

日高山脈で一番有名な山は、日本百名山幌尻岳だけれども、現在は一番距離が短いルートが閉鎖されているため、難易度が高い。

 

さらに他の山といえば、二百名山カムイエクウチカウシ山やペテガリ岳など、何泊もかけて辿り着く山ばかり。

 

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引用:Google Earth

 

そこで狙いを定めたのがこの神威岳。

 

少なくとも高い技術を要する山ではなく、さらにコースタイムも短く日帰り可能な山らしい。 ちょうど数日前に林道が復旧して通れるようになったようで、タイミングも良い。

 

明日以降の予定もまだ埋まっていないし、ここで力尽きてもいいやと思い、今回挑戦する運びとなった。

 

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ということで、北海道は浦河町を元浦川林道を夜明けからひた走っているわけであるが、まずこの林道の難易度が高い。

 

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オフロードになってから片道23km。さらに路面の状態も明らかに悪め。

 

新千歳空港から乗ってきたレンタカーも、まさかこんな所を走らされるとは思ってもみなかったはず。

 

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転がる石や急坂に悲鳴を上げるレンタカーを励まし1時間半、やっと登山口の神威山荘へ到着した。

 

車から下りて早々パンク確認。

まだタイヤは元気なようで、まずはひと安心。

 

こんな電波圏外の僻地で車のトラブルは絶対に避けたかった。

何かを呼ぶにも、23km徒歩で電波を探しに戻ることになってしまう。

 

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山荘前に置かれた入林届に限れば、今年度ここに届け出て神威岳へ向かった人はいない様子。

 

さて、準備を整えて出発するか。

 

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神威山荘奥から、ニシュオマナイ川を右岸へ渡る。

 

ここが一番水量多め。岩を飛んだものの、少し濡れてしまった。

 

そういえば、つい最近まで川下からみて左側を左岸、 右側を右岸と勘違いしていた。

正解は逆。川上から見て右が右岸である。

どうりで本の説明と一致しないわけだ。

 

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ニシュオマナイ川を渡渉してしばらくは緩やかな林道。

若干雑草が生い茂るものの、問題なく歩きやすい。

 

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と、ここで道の真ん中の大きな糞が目に入る。

これはもしや、ヒグマなのではないか。

 

まさに今日高山脈にいるのだという実感が湧き、ここで心がざわつき始める。

 

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ごく普通の登山道を30分ほど歩けば、440m二股に到着。

 

ここからは川沿いの石を渡って歩きつつ、ピンクテープの巻き道も使って川上へ遡上していく。

 

沢の水量は少なめだが、全て沢を攻めるには登山靴では辛い。

一方で巻き道を使うと、背丈ほどの養父に阻まれて汗もだくだく。

 

沢靴を持っていない民にとっては、どちらの道も辛いところ。

 

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鬱蒼と茂る薮を掻き分け脇の登山道を歩く。

なぜわざわざ北海道まで来てこんな草に溺れているのか自分は、とふと我に帰る。

 

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そんな薮を抜ければ再び河原へ。

次の沢を渡って逆側の岸沿いの薮を歩く、その繰り返し。

 

2時間程かけて、徐々に高度を300m程稼ぐ。

 

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標高700mを超えると、沢の分岐地点。

ここを見上げて右の沢を詰める。

ここまで来ると水量はめっきり減り、ほぼ河原の状態。

 

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右の沢の突き当たりにペンキマーク。

ここがどうやら尾根の取付きらしい。

国境稜線と呼ばれる稜線に乗るまで、標高700m一気にあげる。

 

日高民は、ここで沢靴から登山靴へ履き替えるのが定例の流れ、との事前情報。

確かに沢靴があればそうしたかった。

 

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そしてここから国境稜線に上がるまで、北海道三大急登とも呼ばれる急斜面が続く。

なるほど傾斜はきつめだが、日帰り装備であれば特に耐えられそう。

 

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ただ、問題は急登だけではない。

加えて刈り払いのない薮漕ぎの二重苦となれば話は別。

 

いくら北海道とはいえ、真夏の暑さと風通しの悪い笹藪が相まって、早々に心が挫けそうである。

 

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少し登っては休み、また少し登っては体に纏わり付いた草を払い、ゆっくりと高度を上げるしかない。

 

休憩中、風を送るため服をめくってみると、腹部にマダニがいる。

さらには、さっきからアブもずっと後ろをつけてくる。

 

いつのまにか恐怖の対象はヒグマからダニ、アブに変わっていた。

 

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まるで熱帯雨林を探検するかの如く、蒸し蒸しする。

 

掻き分けた薮の跳ね返りが首に当たり、皮膚がかぶれる、笹で肌が切れる。

 

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今までの登山での薮漕ぎは、全く本当の意味での薮漕ぎではなかったことを、ここ日高の地で初めて理解した。

 

しかしこれでも神威岳は日高の中では比較的登山道が明瞭で、まだ登りやすいほうらしい。

 

自分の目ではどう見ても明瞭には見えなかった。

日高の難易度たるや、恐ろしい。

 

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標高1,300mを超えたあたりから、登山道中の笹がハイマツに代わり始める。

ただ、これで楽になったかと言えば、全くそんなことはない。

 

枝切り等の人類の施しは全くないため、ハイマツの木が進もうとする身体に全力で抵抗してくる。

 

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今は稜線にいるはずなのに、見渡す限りのハイマツの海を彷徨っているのは奇妙だ。

 

ここまでくると、もしや山頂ですら緑に覆われているのではないかと不安になってくる。

 

 

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時刻は朝の10時を回り、振り返ると夏の特徴とも言える雲が沸き立ってきた。

 

こんなに頑張ってここまで辿り着いたのに、山頂が虚無の世界は絶対に避けたい。

 

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既に心的疲労はピークに達しているものの、足はまだ余力がある。

 

歩く速度をあげ、なんとか雲から逃げ切りを図る。

 

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午前10時30分、登山開始から5時間でようやく神威岳の山頂に到着。

 

山頂は展望が開けていて、杞憂だったとほっとひと安心。

 

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登ってきた尾根を振り返ると、目に入るのはペテガリ岳や1839峰など、焦がれていた日高の山々が見える。

その一つ一つの峰に、ここよりもさらに色濃い薮があるのかと思うと、そんな所は現代人が行くところではないな、と思ってしまう。

 

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日高を裏山のように歩き回る人もいると聞くが、もはやそれは常人とは思えない。

 

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さて、南側の展望はというと、本来であればソエマツ岳やピリカヌプリといった南日高の山々が見渡せるはずなのだが。

残念ながら今日は雲が邪魔して見えなかった。

 

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帰り道も長いため、山頂での休憩も程々にして撤収。

 

下りも上りと同じ道を往復する。

 

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下りは上りより流石に早い。

 

あっという間にせっかく稼いだ標高は下がり、名残惜しくも日高の鋭峰達に別れを告げる。

 

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そして待ってましたとばかりに、薮との無事の再開を分かち合う。

 

とはいえ下り方向は草の生え際に沿っているようで、上りよりは抵抗も少なく薙ぎ倒せた。

 

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たまに木々の隙間から稜線が見え、現在の標高がなんとなく分かる。

 

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たまに踏み跡が色濃くなり、また濃い藪に変わる。

その繰り返し。

 

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ようやく尾根の取り付き、沢の終着点まで戻ってきた。

 

やはりここまで藪にまみれて汗だく。

下山し始めて初めての大休憩をとる。

 

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久しぶりに開けた頭上を見上げると、まさに夏の空。

 

時刻は昼の14時。

日差しも朝より一層強くなっている。

 

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下りの沢歩きは、肝心のピンクテープが降りる側の視点からでは分かりづらく、ルート取りに苦労した。

 

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向こうの茂みにうっすらとピンクテープ。

 

ここまでの道中を振り返りながら、アルプスなどの登山道が整備されていることの有難みを何度も実感する。

 

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薮漕ぎの疲労から下りのペースは全く上がらず、このままでは登山時間は10時間を超えそうだ。

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ずっと河原を下っていきたい。

もう脇の薮は突き進みたくない。

でも登山靴でピンクテープに逆らい沢を突き進む勇気も無く、嫌々ピンクテープがつけられた笹藪へ導かれていく。

 

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あと何回これを繰り返せば山荘へ戻って来られるのか思いながら黙々と歩くと、やっと440m二股まで到着した。

 

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ここからは薮が薄くなって歩きやすくなる。

 

もう30分弱林道を歩けば、やっと終わりが見える。

 

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 最後の渡渉は濡れることなく攻略。

 

総登山時間は10時間15分、初めての日高山脈登山は無事膜を下ろした。

 

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初めての日高山脈は相当に手厳しく、物凄く疲れた。

正直なところ、登山中何度も、ああ大雪山に行けば良かったと思ってしまった。

 

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しかし登り終えてから不思議と、次はどこに登ろうかとふと考えてしまう時がある。

何が良かったのかはわからないが、たまに無性に裁縫したくなってくる。

 

日高山脈はおそらく麻薬だ。謎の中毒性がある。

 

 

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あと余談だが、この帰りの林道で見事にレンタカーのタイヤはパンクした。

 

 

やはり日高は最後まで手厳しい。