閑寂の鳥倉林道 小河内岳と寒天の空
2020年10月下旬、南アルプスの小河内岳に1泊2日かけて行ってきた。
長い長い林道歩きに嫌気がさしつつ、2日目の朝に拝んだのは、青い秋空と最高の景色。
全行程を通して誰ともすれ違わない、絶景を独占できた満足の山行だった。
土曜日の朝。
2020年は鳥倉林道が工事のため、キャンプ場との分岐あたりから先へは進めない。
林道脇の駐車スペースに車を停め、林道を歩いて鳥倉登山口へ向かう。
秋の朝日が降り注ぎ、気分は上々。
それでもアスファルト舗装路を固い登山靴で歩くのは、いささか疲れる。
工事箇所はここのことか。
特に車で通っても問題なさそうに見えるが、まあ駄目なものは駄目なんだろう。
この工事通行止めのせいで、駐車位置から登山口まで片道5km超。
まだ誰とも会わないし、流石に往復10kmも歩く物好きは少ないだろうな。
工事による通行止めがなければ、本来はこの駐車場に停められたはずだった。
鳥倉登山口まで約3km。
今回に限っては、ちょうど中間地点過ぎといった具合だ。
林道歩きの時点で、南アルプスの稜線は見えた。
奥茶臼山方面かと思うが、どうかな。全然自信はない。
林道の最後は舗装路から砂利道へ。
いずれにしても一般登山客はここまで歩いてしか来れないし、あまり路面状況は関係ないか。
通行止めゲートから歩くこと1時間15分で、ようやく鳥倉林道の登山口に到着。
これでもだいぶ早歩きしたほう。
おかげさまで、しっかり体は温まった。
登山道は落ち葉が地面に敷き詰められており、たまに踏み跡が不明瞭な場所も。
もういよいよ、冬の足音が聞こえてきそう。
鳥倉林道にはお馴染みの、三伏峠までの10分割標識。
三伏峠に出るまでは、基本的に展望は開けない。
人によってはこういう標識は疲れるらしいが、自分はそんなこと感じないけどなあ。
ここ鳥倉林道は、主に日本百名山の塩見岳のメインルートとして使われる。
以前通った時は去年の夏山シーズン。
塩見岳を目指す登山者で、もっと賑わっていた記憶。
でも今回は、冬山間近のこんな季節。
林道工事でさらに行程が伸びたことで避けられているのか、人の気配も全く感じない。
夏にがぶ飲みした水場の天然水も、すっかり枯れてしまっていた。
標識9/10が近くと、稜線上の景色がたまに見えてくる。
中央右に見える立派な山体が塩見岳。
今回向かう小河内岳からも、それはよく見えるはず。
「日本一高い峠 三伏峠小屋 あと200歩です」
山小屋によくある看板。
実際にはそんな歩数で到着しないというのも山あるあるだが、ここに関してはほぼ正確だった。
三伏峠小屋が目に入れば、そこがまさに峠。
単調な標高上げ作業もここでひと段落。
2020年は三伏峠小屋も新型コロナウイルスによる休業で、トイレすら使えない。
裏手にあるテント場も、もちろんこんな状態。
立地は最高だから、早くここにテントを張ってみたいんだけどなあ。
小屋の裏手をさらに進むと、塩見岳方面と小河内岳・荒川岳方面との分岐がある。
実は去年の塩見岳登山の際、この標識で小河内岳の存在を初めて知った。
ここまでのコースは同じといえど、当時も殆どの登山者が塩見岳方面に向かっていったように、知名度には雲泥の差がありそうだ。
ともあれ、人が少ないのは好都合。
まあ今日に限っては、塩見岳すら登山者は皆無だろうけれども。
小河内岳に至るには、烏帽子岳、前小河内岳という2つの峰を超えていく。
その殆どが稜線歩きで景色が開けている一方、悪天時は小河内岳にある避難小屋まで何もないのが辛い。
確かに言われてみれば、山頂が烏帽子の形をしていなくもない。
塩見岳を眺めるだけなら、ここで引き返しても全く十分だと思う。
ここから進む稜線。
手前が前小河内岳。奥が小河内岳。
今日麓では木枯らし一号が吹いたらしく、風が非常に強い。
雲量も増えてきて、じきに稜線も雲に包まれそう。
下っては登り返し、次に向かうは前小河内岳。
ここも烏帽子岳から40分くらい。
前小河内岳山頂には三角点があるだけで、標識らしきものは見当たらない。
風も次第に強くなってきて、止まっていられない。
体も冷えてくる為、先を急ぐ。
前小河内岳を越えて一度下り、小河内岳へ登り返す。
見えてくる三角屋根は小河内岳山頂直下にある小河内岳避難小屋。
小河内岳山頂に近づくと積雪も見られた。
アイゼンはなくともそっと通過できる程度で、ほっと一安心。
そして前小河内岳から40分、林道ゲートから6時間で小河内岳山頂に到着。
体感で風速15mくらい。如何せん、風が強すぎる。
下山は大事をとって明日に回し、今日は小河内岳避難小屋で一夜を明かすことにした。
小河内岳避難小屋は外も中も綺麗で、立派な作り。
山頂からも5分とかからないので、立地も申し分ない。
トイレは閉鎖中。
小屋も1階の通常入口は閉鎖されているため、入るのは2階の冬季入口から。
2階は階段に通ずるだけで、寝泊りできるのは1階部分のみ。
快適に過ごせるのは、10人以下といった具合か。
湿気やカビの匂いもなく、なんなら我が家より遥かに綺麗。
冬も近いこんな時期なので、地面からの冷えは少し気になったが、まあ足元を温かくしておけば問題はなさそう。
前小河内岳あたりで雲に包まれて以降、天気は全く駄目。
暴風が常時吹き荒れていて、小屋にいても轟々と音が聞こえる。
ドコモの電波が入るので、天気予報を確認する。
どうやら深夜にならないと、分厚い雲も風も収まらないようだ。
特にやることもないので、ここは晩飯を食べて早めの就寝。
深夜3時半。
外に出てみると、昨日の午後から吹き荒れていた風もすっかり収まり、いつの間にか雲もなくなっていた。
深夜だというのに、ここ小河内岳山頂からは駒ヶ根や伊那の街明かりがよく見える。
南アルプスといえば最深部にあると思い込んでいたが、少し自分の中のイメージが変わった。
山頂から少し下り、街明かりが遮られる場所で空を見上げると、そこは満点の星。
今まで誰にも会わなかった行程が、さらにこの場所を独占している錯覚になる。
振り返れば荒川岳。
到着時には見えなかった山々が、夜になって初めて見える。
一度避難小屋に引き返して1時間程休憩し、日の出前に再び外へ。
冬季入口を開けると、いきなり富士山と朝のご挨拶。
昨日歩いてきた稜線と、中央奥に塩見岳。
まだ日の出には時間がある。
小屋前から山頂へ。
この距離であれば、何往復も全く苦にならない。
目前には、朝日ではっきり浮かび上がってきた荒川岳。
そして、ものの数分で山頂へ。
霜が降りる山頂は、気温も低く寒い。
早く早く、と日の出を待つ。
富士山の左手から太陽は昇った。
体感気温もぐっと上がる。
ほんの半日前とは打って変わり、今日は上々の天気になりそう。
中央アルプスにも朝の光が当たる。
長野県側に切れ落ちた西壁は、薄い雪で白く様変わりしている。
すっかり日も昇って、秋の高い空に心も踊る。
まずは迫力の塩見岳。
やや左奥には北岳も見える。
これは聖岳、兎岳か?
兎っぽい形をしているから、勝手にそう決めつけておく。
これは、恵那山?
快晴の帰路は、こんなにも気持ちの良い道のり。
三伏峠までは展望が開けた楽しい散歩になるはず。
戻りの道は単純明瞭。
塩見岳の方面に向かってまっすぐ歩く。
この足跡は、雷鳥?
南アルプスではまだ、お目にかかれたことはない。
往路では雲に包まれてしまった前小河内岳も、十分の展望。
それにしても、今日も誰も来ない。
知名度の割に素敵なルート、まさに穴場の山だなあ。
有名にはなって欲しくない。
烏帽子岳あたりまで戻ってくると、もう少しで稜線歩きも終わり。
最後まで右手に見えていた富士山にも別れを告げ、徐々に三伏峠の樹林帯まで高度を下げる。
たまにハイマツが登山道中に這い出してきているのはご愛敬。
終始特に危険箇所もなく、岩をよじ登るような場面もなかった。
三伏峠へ戻ってきた。
トイレはもちろん使えないので、そのまま駆け下りる。
にしても、鳥倉林道。
傾斜もなだらかで良い道なんだけれども、たまに朽ち気味の橋がある部分だけ注意。
登山口近く、標高1800m付近が紅葉の最盛期だった。
登山口まで降りてきたあとは、忘れかけていた長い長い林道歩き。
往復10km超え。全行程の半分に近い。
林道工事が終われば半分に短縮されることを考えると、客観的に考えれば、なにも今来なくても...と確かに思う。
でも、そのおかげで本当に静かな山歩きを楽しめたので、まあそれも良し。